ジョイカルジャパン 20周年記念パーティを開催

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八木 正純
ジョイカルジャパン 20周年記念パーティを開催

 ジョイカルジャパン(早川由起夫社長)は1月8日、Zouk TOKYO(東京都中央区)で、創業20周年を記念したパーティを開催。業界関係者をはじめ社員等約150人を集めた。

 場所柄、歌ありダンスパフォーマンスあり、スポンサー契約をしている元日本代表体操選手の内村航平さんやプロゴルファーの細野勇策選手からのサプライズビデオメッセージが寄せられたり、内村さんにちなんだ、「栄光の架け橋」を社員一同で熱唱したりと、様々な趣向でこれまでの20年、これからの20年に思いを馳せるイベントとなった。

冒頭で20年を明るく楽しく振り返る早川由紀夫社長

中村靖弘会長の乾杯挨拶

 20年前に会社をスタートした時のことを振り返ると、本当に辛かった。先ほど早川が明るく話していたが、当時は厳しい状況だった。とある友人がいて、私が独立して会社を立ち上げようと決めた時、唯一付き合いがなかった信販会社があり、その話を耳にした。その関係で某ネット銀行に声をかけることになった。

 当時、早川が満面の笑顔で「(銀行のおかげで)300億円の資金が用意できたから、もう明日にでも会社を辞めて来て欲しい」と言ってきた。そして本当にその通り、次の日に退職願いを出した。

 しかし、そのネット銀行との話がなくなってしまった。早川たちは車とは全く関係ない業界の人間だった。彼らはITや広告関係の仕事が中心で、私は「車のことだったら自分一人でやっても食べていけるし、このまま一緒にやっていても迷惑をかけるだけだ」と言ったものの、「いいよ、気にしなくていいから、乗った船はもう降りないよ。一緒にやろう」との言葉が早川から返ってきた。

 「だけど早川さん、お金ないよ。立ち上げたって、払える給料ないよ」。岩城さんにも清水さんにも「(金が)ないよ」と言っても、「いいよ、なくていいよ」というような会話を交わした記憶がある。

 その通り、半年以上、役員は給料ゼロだった。しかし社員の給料だけは一回も遅れたことがない。役員はもらえなくても社員の給料は絶対に守ると決めていた。当時は私のカードでキャッシングを繰り返してしのいだ。本当にそれで会社を回していた。

 銀行は全く貸してくれなかった。当時は審査が厳しく、独立元と付き合っていなかった信販会社は1社だけだった。知り合いを通じて早川が「そこに連絡してみよう」と言ってくれて何とか取引していただけたおかげでスタートできた。

 今日は感謝の気持ちでいっぱいだ。これから30年、40年、50年とさらに発展していくと思うが、まずはこの20年、今日ここにいる方々、そしていらっしゃらない方々も含め、皆さんの協力があってここまで来られたことを心から感謝している。

 これからも失礼なことをすることもあるかもしれないが、誠心誠意お付き合いしていきたいと思う。