自動車整備事業者が知るべき「労務費転嫁指針」のポイント

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長谷川 明憲
自動車整備事業者が知るべき「労務費転嫁指針」のポイント

慢性的な整備士不足や部品代の高騰に直面する自動車整備業界において、「適正な工賃(レーバーレート)の確保」は急務である。
2025年12月、内閣官房と公正取引委員会により「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」が改正された。さらに、2026年1月には旧下請法に代わる「中小受託取引適正化法(取適法)」が施行されている。
本記事では、これらの最新の法改正・指針に基づき、自動車整備事業者がディーラーや大手中古車販売店、法人顧客に対して適正な価格交渉(工賃の引き上げ)を行うための具体的なポイントを解説する。

公正取引委員会の「令和7年度価格転嫁円滑化の取組に関する特別調査」によると、労務費の価格転嫁に関する重要な事実が判明している。

公正取引委員会が実施した令和7年度価格転嫁円滑化の取組に関する特別調査の結果より抜粋

この特別調査では、指針の認知度調査が行われており、発注者・受注者の立場を問わず59.6%が知っていたと回答。さらに、労務費の上昇分を価格に転嫁できた受注者においては、指針の認知の有無で16.5ポイントの差があり、指針に目を通し、理解した上で委託事業者と価格交渉するのが望ましいと報告されている。

このデータが示す通り、「労務費転嫁指針を知り、論理的な交渉ができるかどうか」が、取引価格引き上げの明暗を分けている。指針の認知度調査において自動車整備業は全体平均を下回る45.1%で、労務費重点21業種の中でワースト2であった。大手リース会社やディーラー、中古車販売店からの外注作業において適正な整備料金を獲得するためには、まず自動車整備事業者がルールを正しく理解することが不可欠である。

令和8年(2026年)1月に施行された取適法(旧下請法)の最大のポイントは、「協議に応じない一方的な代金決定」が明確に禁止されたことである。

これに伴い、発注者(ディーラー、大手中古車販売店、フリート契約を結ぶ法人など)に対する行動基準が厳格化された。以下のようなケースは、優越的地位の濫用や「買いたたき」として問題となる恐れがある。

  • 自動車整備工場から単価引き上げの要請があったにもかかわらず、協議に応じない。
  • 「従来通りの契約だから」「自社の予算が決まっているから」という理由で、一方的に価格を据え置く。
  • 長年同じ単価で発注し続けている下請けの車検や鈑金塗装作業。

発注者には、定期的な協議の実施と、要請があれば必ず交渉のテーブルにつくことが強く求められている。

受注者である自動車整備工場は、発注者からの提示を待つのではなく、主体的に動く必要がある。適正な利益を確保するために、以下の3つの行動を実践すべきである。

部品代の原価高騰分だけでなく、自社の整備士の処遇改善(賃上げ)に直結する「労務費」を明確に切り分けて希望価格を提示する。発注者からの価格提示を待つ「受け身」の姿勢は避けるべきである。

価格交渉の際は、納得感のある根拠を示すことが重要である。以下のデータを活用して交渉に臨みたい。

  • 最低賃金の上昇率
  • 春季労使交渉の妥結額(ベースアップの実績)
  • 日本自動車整備振興会連合会(日整連)などが提示する業界データ

公表資料を用いて提示された希望価格については、発注者側も「合理的な根拠がある」として尊重することが指針で求められている。

交渉のタイミングも重要である。発注者側が「どうしても整備枠を確保したい」と考える以下の時期を活用すべきである。

  • 車検需要が集中する年度末(2月〜3月)
  • スタッドレスタイヤへの交換が急増する時期

今回の指針改正では、「価格交渉の記録を作成し、発注者と受注者の双方で保管すること」が新たに規定された。

ディーラーからの下請け作業や、運送会社などとの年間契約更新時において、「いつ・どのような根拠で工賃引き上げを要請し・どのような回答があったか」を議事録やメールの履歴として確実に残す必要がある。これは後々の言った・言わないのトラブルを防ぎ、適正な取引関係を守るための強力な盾となる。

公正取引委員会は、指針に沿わない不当な行為に対して厳正に対処する姿勢を示している。

今回の「取適法」施行および「労務費転嫁指針」の改正は、中小企業が賃上げの原資を確保し、経営を安定化させるための強力な後押しとなる。

自動車整備業界において、若手整備士の採用や、電子制御装置整備(特定整備)への設備投資を継続していくためには、適正な利益の確保が欠かせない。労務費転嫁指針を武器にし、客観的なデータを用いて、取引先との定期的な協議(適正な価格転嫁)を進めていくことが求められる。