「ボルトではなくバグを直す時代」へ(前編)──2027年、トヨタや日産が解き放つAI自動車で整備工場はどう変わるか?

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長谷川 明憲
「ボルトではなくバグを直す時代」へ(前編)──2027年、トヨタや日産が解き放つAI自動車で整備工場はどう変わるか?

AI自動車が整備現場に問いかける「診断力」の本質

2027年、国内自動車大手が相次いでAI自動運転搭載車を投入する。センサーが判断し、ソフトウェアが制御し、クルマが”考える”時代が来る。そのとき、整備工場に持ち込まれる不具合の中身は、静かに、しかし確実に変わっていく。「なぜ警告灯が点くのか」の答えが、ボルトの緩みではなく、コードの異常になる日が来るのだ。前編では、AI自動車が整備現場にもたらす構造的変化と、すでに現場で顕在化している課題を整理する。

トヨタ・ホンダ・日産は2027〜28年にかけて、AI自動運転(レベル2++)搭載車を相次いで市場に投入する計画を打ち出している。これらの車両が共通して体現するのが、SDV(Software Defined Vehicle:ソフトウェア定義車両)という概念だ。

クルマが「ソフトウェアの塊」になる、という言葉の意味は単なる比喩ではない。走行性能、安全制御、運転支援の質まで、すべてがソフトウェアのバージョンによって決定される時代が来るということである。

さらに、無線通信でソフトを更新するOTA(Over The Air)更新の本格普及が、この変化を加速させる。スマートフォンがアプリのアップデートで機能を変えるように、クルマもディーラーや整備工場を経由せず、無線通信で制御プログラムを書き換えられるようになる。5年後には整備台数の相当数をSDV車両が占めるという試算もあながち絵空事ではない。整備工場が向き合う車両の”中身”が、根本から変わろうとしている。

重要なことなので先に言っておきたい。これは未来の話ではない。

MSRweb連載「メンテナンスnote」第1回で紹介されたスイフトスポーツ(ZC33S)の事例は、この問題をすでに現在形で突きつけている。「約1ヵ月前から警告灯が点いたり消えたりを繰り返している」と入庫したこの車両に対してディーラーの診断は「デュアルセンサブレーキサポートカメラ交換」だった。しかしユーザーは「本当にカメラが原因か?」との疑問からセカンドオピニオンを求めた。

相談を受けた整備工場Aが全ECUをスキャンすると、「デュアルセンサブレーキサポート」のみ「応答なし」を確認。他のエンジン/ESP/BCMなどのECUは正常に通信していた。

ここで「応答なし=カメラ交換」と飛びついてはいけない。通信できない原因として考えられるのは、CANライン断線、ECU内部開放、電源供給不良など、複数の可能性があるからだ。

次にカメラ側のCANライン抵抗値を測定したところ、結果は∞Ω(無限大)。比較として測定したBCM側のCAN回路は125.3Ωと正常値を示した。さらにカメラ本体への電源供給を確認すると、約12Vが供給されており、ヒューズ切れや電源断線の可能性は低い。

これらの測定結果を積み上げることで、「CANライン断線またはカメラ内部回路開放」という範囲まで原因を絞り込み、最終的にカメラ内部故障の可能性が極めて高いと論理的に結論づけた。

「なぜ交換が必要なのか。本当に交換が必要なのかを測定結果から判断し、一つずつ裏付けながら診断を行うことが大切だ。電子制御装置整備の時代だからこそ、部品交換技術ではなく、故障を論理的に特定する診断力が求められる」(整備工場A)。

あなたの工場は、警告コードが出たとき、何を根拠に交換を決めているか。

現行のADAS世代でさえ、上述のような診断の複雑さがある。AI自動車の時代には、これがさらに多層化する。

AI制御の構造は、大きく次の3つの層(レイヤー)でとらえることができる。

  • 第1層:LiDARやカメラ、レーダーなどの「センサー群」
  • 第2層:センサー情報を集めて判断する、頭脳にあたる「統合ECU」
  • 第3層: ハンドルやブレーキを実際に動かす「アクチュエーター」

そして、不具合はこの3層のどこでも発生しうる。

特に、ソフトウェア起因の不具合は、これまでに整備士が経験したことのない未知の領域だ。AIモデルの誤推論、OTAアップデート後の設定不整合、センサーフュージョンのキャリブレーション崩れ──いずれも物理的にはどこも壊れていない。ところが車両は誤作動し、警告灯を点灯させる。

一方、物理起因の不具合は従来型に近い。センサー汚損・位置ずれ、CAN FD配線の断線、アクチュエーターの物理的摩耗などである。

診断士に問われる新たなスキルは明確だ。「エラーコードの意味を知ること」ではなく、「どの層で、何が起きているかを読む力」。これは言い換えれば、データを点として読むのではなく、文脈として読む能力に他ならない。

AI自動車時代の診断は、「コードを読む」から「データの文脈を読む」へと本質的に変わる。スイフトスポーツのADAS事例が示したように、CANライン抵抗値・電源供給・全ECUスキャンという基本測定の積み重ねこそが、論理的な診断の土台となる。この姿勢は、AI自動車においてさらに重要性を増す。

後編では、ライブデータを活用した診断の実践事例を掘り下げる。アウディ・TTのエンジン警告灯事例では、ライブデータの解析が修理前後の改善を”見える化”し、診断の正確性を担保した。OTAが変える入庫モデルの実像と、工場が今から着手すべき3つの備えについても具体的に論じる。

“バグを直す整備工場”になるために、今からできることは何か。後編でその答えに迫る。