国土交通省が開催する「自動車整備技術の高度化検討会」をご存知だろうか。学識経験者や関係業界、行政機関などが集まり、自動車整備業界が抱える様々な課題について対策を議論する場だ。2011年度から続くこの検討会は、整備技術の将来像を見据えた重要な議論の場として機能してきた。
その検討会で、ある制度の話題がいつの間にか姿を消しつつある。純正スキャンツールの「貸し出し制度」だ。
そもそも、何が問題なのか
自動車の点検整備において、今や欠かせない存在となっているのが(整備用)スキャンツールである。車両に接続して故障個所を特定するための診断機器で、整備現場では広く使われている。
ただし、整備用スキャンツールには大きく2種類ある。カーメーカーが提供する「純正スキャンツール」と、それ以外の「汎用スキャンツール」だ。純正スキャンツールは主にカーディーラーが保有・活用しており、ディーラー以外の専業整備工場の多くは汎用スキャンツールを導入している。
問題は、車両の高度化・電子制御化が進むにつれ、純正スキャンツールでなければ対処できないケースが増えてきている点にある。セキュリティーがかかった箇所の整備などは、汎用スキャンツールでは手が出ない。専業整備工場が日々の業務でその壁に直面するようになってきた。
2つの案と、消えた選択肢
この状況を受けて、今年3月に開催された第32回検討会では、専業整備工場でも純正スキャンツールを利用できる環境を整えるための方策として、2つの案が示された。
1つは、純正スキャンツールを保有する拠点(カーディーラーなど)に対し、専業整備工場が作業を持ち込む「外注制度」(第32回では「駆け込み寺」と呼称)。もう1つは、その拠点から純正スキャンツールを借りて、専業整備工場が自ら整備に当たる「貸し出し制度」だ。
ところが、今年10月13日に開催された第33回検討会(→関連記事)では、外注制度の実現に向けた調査が開始された旨の発表はあったものの、貸し出し制度については一切言及がなかった。一方で、純正スキャンツールの販売ルートを確立する方向性についても触れられていた。
静かに、貸し出し制度の話が消えた。貸し出しは販売へと集約されるのか。そう感じたのは、私だけだろうか。
外注か、購入か—その2択に集約されたのか
現在の流れを整理すると、「外注制度の確立」と「専業整備工場への販売ルートの確立」という2方向に議論が収れんしていくように見える。
自身が純正スキャンツールを使うという意味では、貸し出し制度も購入して使うことも同義ではある。だとすれば、購入一本に絞ってしまえば話は単純だ、という判断があったのかもしれない。
しかし、私にはそう簡単に割り切れない部分がある。
純正スキャンツールが必要な作業は、現時点ではまだそれほど多くない。そうした現状を考えると、保有拠点に作業ごと任せる外注のほうが、トータルで見て合理的だという見方は理解できる。
ただ、外注には大きな懸念がつきまとう。自社作業を優先され、外注作業は後回し—そうした事態は現在でも起きているという。もちろん、ディーラーでも人手不足や、働き方改革による時間制限という事情もあるだろう。
作業の進捗が見えない、納期が読めない。そのストレスは、整備工場の経営にじわじわと響いてくる。
では、購入はどうか。自社に純正スキャンツールがあれば、外部要因に左右されず、安定して作業ができる。それは確かだ。
しかし、ディーラー以外には積極的に販売しない、あるいはディーラー以外には割高な価格設定になるといった話もある中で、もちろん、その改善に向けて国も動いているのが今回の取り組みだとは理解するものの、専業整備工場が純正スキャンツールを購入するためのハードルが急激に下がるとは考えにくい。
販売ルートを「確立する」と言っても、その中身が伴わなければ、絵に描いた餅だ。
鍵を握るのは「頻度」だ
このまま議論が進むにしても止まるにしても、核心にある問いは一つだと思う。純正スキャンツールが必要な作業が、どれくらいの頻度で発生しているのか、という問いだ。
年間・月間で何台の対象車両を扱うか。それによって答えは変わる。数台程度なら外注で十分、一定以上の台数があれば購入が有効—そうした判断の指標が必要になるはずだ。そして、現在の頻度だけでなく、今後どの程度増加するかという予測も不可欠になる。
その指標を示す手がかりになりうるのが、現在始まっている外注制度の試行調査だ。2027年1月まで実施される予定のこの調査結果が、今後の方向性を大きく左右するだろう。
貸し出し制度が再び俎上に乗るかどうかも、おそらくその結果次第になる。外注での対応に明らかな限界が見えてきた時、初めてその選択肢が再評価されるのかもしれない。
今は静かに、調査の行方を見守るしかない。ただ、自動車整備業界のため、せっかく持ち上がった議題を「なかったこと」にだけはしてほしくない—そう強く思う。