- 「入庫の9割がレンタカー会社から。でも回送費は一度も請求できていない」——ある整備工場の現実
- ディーラーだけじゃない——レンタカー・リース会社も取適法の「委託事業者」
- 「修理委託」「特定運送委託」に当たる取引とは
- 回送・引き取りを無償でやらせるのは「不当な経済上の利益の提供要請」に当たる
- 2026年6月、公取委が回送費無償で勧告——1,014台・受注者15名の事例
- 「仕事を失うのが怖い」は違反の証明になる
- 実務上の注意——「運送費」と書くと貨物法違反になるリスク
- 適正な請求項目の書き方(「作業付帯費用」等の例)
- 今日からできる3つのアクション
- ①自社の取引を棚卸しする
- ②協議申し入れを「記録」として残す
- ③相談・情報提供窓口(匿名可)を使う——報復措置禁止規定も解説
- まとめ:「仕事を失う恐怖」から「権利を守る選択」へ
「入庫の9割がレンタカー会社から。でも回送費は一度も請求できていない」——ある整備工場の現実
入庫車両の9割が、レンタカー会社からの委託業務で占められている整備工場がある。
修理の腕前は確かで、取引先からの信頼も厚い。ところが、その工場では修理に付随する車両の引き取りと納車——いわゆる回送業務——について、一度も費用を請求したことがないという。
なぜか。その工場の社長は、こう打ち明けた。
「請求したら、仕事を失うのが怖い」
この一言に、業界の現実が凝縮されている。長年の商慣習として当然視されてきた「回送の無償提供」。しかし、2026年1月に施行された「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」(以下、取適法)のもとでは、この慣行は「不当な経済上の利益の提供要請」に該当する可能性が極めて高い。
さらに言えば、「仕事を失うのが怖いから断れない」という状況そのものが、違反を裏付ける根拠となり得る。
ここではレンタカー・リース会社から整備を受託する工場が今すぐ把握すべき取適法の論点と、具体的なアクションを整理する。
ディーラーだけじゃない——レンタカー・リース会社も取適法の「委託事業者」
取適法をめぐる報道では、自動車ディーラーと車体整備事業者の関係が前面に出ることが多い。2025年12月22日、公正取引委員会及び中小企業庁が公表した集中調査の結果でも、ディーラーに対する2件の勧告と160件の指導が注目を集めた。
しかし、取適法の「委託事業者」はディーラーに限らない。
レンタカー会社やリース会社が自社車両の修理・整備を整備工場に依頼する場合、その取引構造は取適法が定める委託取引に該当し得る。整備工場はその「受託事業者」として、法律の保護対象となる。
つまり、「うちはディーラーとは取引していないから関係ない」という認識は誤りである。
「修理委託」「特定運送委託」に当たる取引とは
取適法が対象とする委託取引には、物品の修理にかかわる委託や、役務提供にかかわる委託が含まれる。
レンタカー会社・リース会社が保有する車両の点検・修理を整備工場に依頼する行為は、「修理委託」として取適法の適用範囲に入り得る。また、修理に付随する回送・引き取り行為を無償で求める場合、それが独立した役務の提供を無償で要求するものであれば、「不当な経済上の利益の提供要請」として禁止行為に該当する恐れがある。
委託事業者の資本金規模や、受託事業者との規模の差といった条件は、取引の実態と照らし合わせて確認する必要があるが、中小整備工場がレンタカー大手やリース会社から委託を受けているケースでは、多くの場合この要件を満たす。
回送・引き取りを無償でやらせるのは「不当な経済上の利益の提供要請」に当たる
取適法が禁止する行為の一つに「不当な経済上の利益の提供要請」がある。
これは、委託事業者が受託事業者に対し、委託業務の対価とは別に、受託事業者の利益を不当に害する形で金銭・役務・その他の経済上の利益を提供させることを禁じるものだ。
無償での回送・引き取りは、まさにこれに該当する。整備工場のスタッフが時間と燃料コストをかけて顧客先まで車を取りに行き、修理後に届ける。この作業に費やされる人件費・燃料費は、実費として存在している。それを一切請求させないよう求めることは、受託事業者に経済的損失を一方的に負わせる行為に他ならない。
2026年6月、公取委が回送費無償で勧告——1,014台・受注者15名の事例
2026年6月4日、公正取引委員会は、ある委託事業者に対して勧告を行った。内容は、整備工場に対して車両1,014台分の回送業務を無償で行わせたというものであり、受注者として被害を受けた整備事業者は15社にのぼる。
この事例が示すのは、「回送の無償提供」が単なる業界慣習の問題ではなく、公正取引委員会が正式に取適法違反と認定し得る行為であるという事実だ。
ディーラーが顧客貸出用の代車を車体整備事業者に無償提供させていた事例で、スズキ自販大分と福岡ダイハツ販売が勧告を受けたことも記憶に新しい。回送費の無償提供も、構造的には同一の論理で違反が認定される。
「仕事を失うのが怖い」は違反の証明になる
冒頭で紹介した整備工場の社長の言葉——「請求したら、仕事を失うのが怖い」——は、単なる心情の吐露ではない。
取適法の解釈において、受託事業者が経済上の利益の提供を「断れない立場に置かれている」ことは、委託事業者の優越的地位の証左となり得る。法的に言えば、この「断れない状況」こそが、取引の非対称性と強制性を示す根拠になる。
公正取引委員会も、「受注者の方々にはそういう交渉をしていただきたい。そこで交渉に応じないで一方的に据置きだってなったらもう取引法違反」と明言している。
恐怖から沈黙を守ることは、違反の継続を許すことでもある。
実務上の注意——「運送費」と書くと貨物法違反になるリスク
ここで、実務上の重要な注意点を押さえておきたい。
回送・引き取りにかかるコストを請求しようとする際、請求書に「運送費」「輸送費」「搬送費」といった表記を用いることには慎重を要する。
貨物自動車運送事業法(貨物法)では、他人の需要に応じて有償で自動車を使用して貨物を運送する事業は、国土交通大臣の許可を要する「一般貨物自動車運送事業」に該当する。整備工場が貨物運送の許可を持たずに「運送費」として有償の運送業務を行うことは、貨物法違反となるリスクがある。
適正な請求項目の書き方(「作業付帯費用」等の例)
では、どのように請求項目を立てるべきか。
整備業務に付随する移動・回送を請求する場合、以下のような表現が現場で用いられている。
- 「作業付帯費用」
- 「引き取り・納車に係る附帯作業費」
- 「車両移動費(整備付帯業務)」
これらは「整備作業の一部」として位置付けるものであり、独立した運送事業ではなく、修理委託に付随する役務として整理できる。
ただし、取引先との契約内容や自社の事業許可の範囲によって適切な記載は異なる。不安がある場合は、後述の相談窓口や専門家への確認を推奨する。
今日からできる3つのアクション
取適法の知識を持つことは重要だが、それだけでは状況は変わらない。実際に行動に移すことが求められる。
①自社の取引を棚卸しする
まず、自社の委託取引の実態を整理することから始める。以下の問いに「はい」と答えられる項目が多いほど、取適法上の問題が潜在している可能性が高い。
- レンタカー会社・リース会社から整備を受託しているか
- 回送・引き取り業務を無償で行っているか
- 代車を無償で提供させられているか
- 発注書面に金額が記載されていない(空欄のまま)ことがあるか
- 代金の支払いが給付受領から60日を超えることがあるか
- 価格見直しの要請をしたことがなく、協議の機会もないか
公正取引委員会と中小企業庁が実施した集中調査では、「書面の不交付・記載不備」「支払遅延」「買いたたき」「不当な経済上の利益の提供要請」の4類型が主な違反行為として確認されている。自社の取引がこれらのいずれかに該当していないか、一度確認することが第一歩となる。
②協議申し入れを「記録」として残す
2025年12月に改正された「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」では、「価格交渉の記録を作成し、発注者と受注者の双方で保管すること」が新たに規定された。
回送費の請求についても、協議を申し入れた事実を記録として残すことが極めて重要だ。
具体的には、価格交渉や費用請求の申し入れをメール・文書で行い、その記録を保管する。口頭でのやり取りだけでは、後に「協議を求めた事実」を証明することが困難になる。
国土交通省 物流・自動車局 自動車整備課においても、「協議が足りなかったという問題がある」と指摘している。まず協議の場を求めること自体が、取適法の精神に沿った行動であり、その記録が後の権利主張の根拠となる。
また、指針を「知っている」だけで交渉結果が変わるというデータもある。2025年度の特別調査では、指針を知っていた受注者の59.6%が価格引き上げに成功している一方、知らなかった受注者ではその割合が44.6%にとどまっている。知識を持ち、根拠を示して交渉に臨むことが、結果に直結する。
③相談・情報提供窓口(匿名可)を使う——報復措置禁止規定も解説
「公正取引委員会に申告したら、取引先に知られて仕事を切られるのでは」——そう懸念する経営者は多い。
しかし、取適法および下請法の運用においては、申告者の秘密は厳守される。公正取引委員会は、「申告者の秘密は厳守され、不利益が生じないよう配慮される」と明言している。
さらに重要なのは、委託事業者が申告・通報を理由に取引を打ち切ったり、取引条件を不利に変更したりする報復措置は、それ自体が違法行為となるという点だ。取適法は受託事業者が申告・情報提供を行ったことを理由とした不利益取扱いを禁止しており、これを行った委託事業者は別途違反として問われ得る。
「仕事を失う」ことへの恐怖は理解できる。だが、報復措置そのものが法律で禁じられている以上、申告は想定以上に保護された行為だ。
相談・情報提供の窓口としては、以下を活用できる。
- 公正取引委員会(下請法・取適法の運用主体)
- 中小企業庁(中小委託取引の相談窓口)
- 国土交通省の情報提供窓口(対ディーラー・対委託事業者の双方に対応)
国交省においても、「国交省の情報提供窓口にも情報をいただければ、我々が公正取引委員会の手足となって動くような意味もある」と語っており、窓口への情報提供は行政の調査活動を支えることにもなる。
まとめ:「仕事を失う恐怖」から「権利を守る選択」へ
「請求したら、仕事を失うのが怖い」
この言葉が示す構造的な力の非対称性こそ、取適法が是正しようとしている問題の核心だ。
入庫の9割をレンタカー会社に依存し、回送費を一度も請求できていない整備工場の現実は、決して特殊なケースではない。業界に深く根を張った商慣習として、多くの工場が同様の状況に置かれている可能性がある。
しかし今、法律は変わった。
「協議に応じない一方的な代金決定」は禁止され、事業所管省庁である国土交通省にも指導・助言の権限が付与された。公正取引委員会は2026年6月にも回送費無償を理由とした勧告を行い、その意志を行動で示している。
国土交通省が話すように、「しっかりとみんなで取り組めば、一気に状況は良くなる」。
取適法の施行は、沈黙を強いられてきた受託事業者が声を上げるための、法的な後ろ盾を手にした瞬間でもある。「権利がある」と知ることが、最初の一歩となる。
自社の取引を棚卸しし、協議を申し入れ、記録を残す。それでも解決しない場合は、窓口への相談という選択肢がある。報復は禁止されている。
「仕事を失う恐怖」から、「権利を守る選択」へ。その一歩を、今日から踏み出すことができる。
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