ブレーキパッド残量1.5mmでも車検に関係ないので交換拒否! 整備士と顧客の間に横たわる認識のずれ

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古瀬 敏之
ブレーキパッド残量1.5mmでも車検に関係ないので交換拒否! 整備士と顧客の間に横たわる認識のずれ

 あるネットユーザーがSNSに投稿した車検時のやり取りが、大きな波紋を広げている。ブレーキパッドの残量が1.5mmであることを理由に整備士から交換を勧められたが、「その部品交換って本当に必要なやつですか? 車検を合格する為に必要なメニューじゃないですよね? 国の法的基準とそちらが儲ける為のメニューを一緒にしないでくれませんか?」言って拒否したという内容だ。

 この投稿をきっかけに、ユーザーと整備のプロとの間に横たわる認識のズレが浮き彫りとなり、整備士らからは交換拒否のリスクを指摘する声や、後々のクレームを懸念する意見が相次いだ。

https://twitter.com/i/trending/2077256834574954606

「国の法的基準とそちらが儲ける為のメニューを一緒にしないで」衝突を生む3つの構造

 この一件は、自動車整備の現場で頻発する「ボタンの掛け違い」の典型例である。顧客側の「車検に通るか(法的基準)」という視点と、整備士側の「次の車検まで安全に乗れるか(保安・予防整備)」という視点が衝突することで、不信感やトラブルが生まれる。この衝突の背景には、3つの構造的な問題が存在する。

 第一に、「車検に通る基準」と「安全に走れる基準」の間に存在するズレだ。道路運送車両法に基づく車検の基準において、ブレーキパッドの厚みに関する明確な数値規定は、実は存在しない。「検査時にブレーキが十分に効き、著しい摩耗や損傷がなければ合格」というのが実情であり、極端な話、残量1.0mm以下でも車検を通過する可能性はある。しかし、プロの整備士は2年後の次の車検までを見据え、安全性を担保する視点で判断する。新品で約10mmあるパッドが1.5mmまで摩耗している状態は、整備士にとって「命に関わるレベル」であり、交換を推奨するのは当然の職務である。だが、この違いを知らない顧客から見れば、「ルール上問題ないのに交換を勧めるのは、店の利益のためではないか」という疑念につながってしまう。

 第二に、「車検に合格すれば、次の2年間は安全が保証される」というユーザー側の根強い誤解がある。車検は、あくまで「検査したその瞬間において、国が定める保安基準に適合しているか」を確認する手続きに過ぎない。将来の安全性までを保証するものではないという「認知のギャップ」が、不信感の温床となっている。

 そして第三に、過去の一部不誠実な業者による「過剰整備」のイメージが、ユーザーの警戒心を煽っている点が挙げられる。まだ使用可能な部品を不当に交換し工賃を稼ぐといった話を見聞きした経験から、「整備工場は油断するとカモにされる」というバイアスを抱くユーザーは少なくない。そのため、たとえ正当な安全のための提案であっても、過剰防衛的に「店の儲け話」と捉えてしまう傾向があるのだ。

『車検に通ること』と『明日から安全に走れること』は別

 この問題において、顧客と整備士、双方の主張にはそれぞれ一理ある一方で、見落としている盲点も存在する。

 顧客側の「車検の合格ラインを満たしていれば、今すぐ交換する必要はない」という主張は、法的基準のみを考えれば正しい部分もある。しかし、その盲点は極めて大きい。ブレーキパッド残量1.5mmという状態は、制動力が低下するだけでなく、数週間から数ヶ月でパッドが完全に摩耗し、金属製のブレーキディスクローターを直接削ってしまうリスクを孕んでいる。そうなれば、修理費用はパッド交換のみの場合と比較して数倍に跳ね上がる可能性が高い。

 一方、整備士側の「残量1.5mmは危険であり、プロとして交換を勧めるのは100%正しい」という主張にも、盲点がないわけではない。「なぜ車検には通るのに、交換が必要なのか」という顧客の素朴な疑問に対し、法的基準と安全基準の違いを丁寧に説明するコミュニケーションが不足していた可能性が考えられる。プロにとっては自明のことでも、顧客にその背景が伝わらなければ、不信感しか生まない。

選択権を100%顧客に委ねる(ただしリスクは明確に伝える)

 このような不信感を抱く顧客に対し、感情的に反論するのは逆効果である。求められるのは、数字と物理的なリスクを客観的な事実として淡々と伝え、最終的な判断を顧客に委ねるコミュニケーションだ。

 例えば、「おっしゃる通り、車検の合否だけで言えば検査は通る可能性が高いです。しかし、プロとしてお伝えすべきは、『車検に通ること』と『明日から安全に走れること』は別だということです」と前置きした上で、「パッド残量1.5mmは新品の9割近くを使い切った限界値であり、いつブレーキが効かなくなってもおかしくありません。このまま乗り続けると、高額なブレーキローターまで損傷し、結果的に修理費用が倍以上になるリスクがあります」と具体的な事実を伝える。その上で、「今回は車検を通すことを最優先し後日交換するか、今交換して2年間安心して乗るか、お客様にご判断をお任せします」と選択権を委ねる姿勢が重要となる。

 この問題の本質は、顧客の「騙されたくない、損したくない」という恐怖心と、整備士の「安全な状態で車を返さなければならない」というプロとしての責任感のミスマッチにある。ネット上では、同様の経験を持つ整備士から「記録簿に『交換提案したが本人の判断で未交換』と記録を残す」という自衛策や、「ブレーキパッドの残り厚さも車検要件に加えてほしい」といった制度への提言も上がっている。

 「国の基準」と「安全の基準」が異なるという事実を、整備の初期段階からオープンに説明し、リスクを明確に提示した上で顧客に選択を委ねる。こうした誠実なコミュニケーションこそが、ユーザーと整備士の間の不毛な衝突を減らし、真の信頼関係を築くための第一歩となるだろう。