5月12日、資源エネルギー庁から全国の自動車整備関係団体に対し異例の要請が下された。これは、エンジンオイルをはじめとする潤滑油の購入制限要請である。中東情勢の緊迫化に伴う供給不安から現場では、「オイルが入ってこない」、「車検や点検の予約を受けられない」といった声が上がり始めている。本記事では政府発表の詳細と、整備事業者の対応策についてまとめた。
資源エネルギー庁による‟前年並み”購入の異例要請
経済産業省・資源エネルギー庁は、日本自動車整備振興会連合会(日整連)や日本自動車工業会に対し「潤滑油等の購入に関する協力要請」を発出した。要請の核となるのは、‟前年同月比と同量程度の発注に留めること”である。
なぜ今、購入制限なのか。主な理由は一部の事業者による‟先食い”発注である。供給不安を懸念した買い溜めや過剰在庫の確保が相次ぎ、流通在庫が偏在。本当にオイルを必要としている工場に届かない目詰まりが発生しているため、国が強制的な沈静化に乗り出した形だ。また、一時的なパニックだけが原因ではなく、ニュースで報じられているような深刻な国際情勢もある。ホルムズ海峡の緊張により原油及び添加剤の輸入ルートに遅延が発生し、添加剤の供給が滞ることで供給不足となり国内メーカーの生産能力が低下。そこに国内運送の人手不足も相まって、配送頻度の削減や物流コストの急騰が起こってしまっている。具体的な要請の概要は下記である。
①購入量の制限(前年並みの徹底)
最も重要な要請事項であり、当面の間、前年同月比と同量程度の購入に留めることを求めている。必要以上の在庫を抱え込まず、実需に基づいた発注を行うよう強く促している。
② 過剰な発注、重複発注の自粛
複数の仕入れ先に同じ分量を発注する重複発注や、将来の不安を見越した過剰な積み増しを控えるよう要請。これにより市場全体の在庫バランスを適正化することを目指す。
③現場への正しい情報伝達
整備工場のフロントスタッフからカーオーナーに対し、「現在、国からの要請で適正な在庫管理を行っていること」を説明し、理解を得るよう求める。
資源エネルギー庁は、この要請文と併せて顧客説明用のチラシ等の活用も推奨している。車検やオイル交換を希望する顧客に対し、適正管理を行っている旨を説明することで入庫や納車のスケジュール調整や予約の分散への協力を得やすくする狙いがあると言う。最新の動向については、経済産業省の「中東情勢関連対策ワンストップポータル」等で随時更新される情報に注意を払う必要があるだろう。
つまり、この要請を受けて現場が取るべき対策は以下の3つだろうか。
①顧客への「事前告知」の徹底
オイル不足は自社のせいではないが、説明なしに車検などを断れば顧客からの不信感に繋がってしまうため。
②適正在庫の把握と実額請求への切り替え
過剰在庫は要請に反するが欠品は防がなければならない。前年の使用量を正確に把握し、無駄のない発注を行う。そして、オイル価格改定に備えて見積り時に「価格は変動する可能性がある」旨の注釈を加える。
③代替グレードや他メーカーの検討
従来使用している銘柄に固執せず、スペックを満たす代替品のルートを確保しておくことでリスクを分散する。
マクロな視点では理にかなっているものの現場のミクロな実態からすると要請内容の実行は困難
上記の対策を実行することは可能だろうか。国全体のサプライチェーンを維持するというマクロな視点ではある程度筋は通っているものの現場のミクロな実態からすると、要請の完全な実行は難しく、自動車整備事業者に大きな負担と経営リスクを強いる内容だろう。以下には、現場視点からなぜ難しいのかを述べたい。
①「前年同月比と同量程度」の徹底の困難さ
前年より努力して新規顧客を獲得した工場や、たまたま「今月は車検の入庫が集中している」工場にとって、前年同月比は事実上の売上制限(成長性のストップ)を意味する。また、エンジンオイルは多くの場合、20ℓペール缶や200ℓドラム缶単位で仕入れる。たとえば、「前年同月は150ℓ消費したから、今年は150ℓだけ発注する」といった微調整は実務上不可能に近い。ドラム缶が空になれば次のドラム缶を頼まざるを得ず、それが結果的に‟前年超え”と判定されるリスクがある。
近年は低粘度オイルやクリーンディーゼル専用オイルなど、車種ごとに指定オイルが細分化されている。特定の銘柄だけがたまたま前年より多く必要になるケースは日常茶飯事。事業は生き物であり数字通りには動かないのが現場のリアルだろう。
②発注自粛
なぜ現場が重複発注や積み増しをするのかといえば、部品商や問屋が「いつ入荷するか約束できない」となるからである。確実な納期が保証されない中で発注を控えるのは、経営者として「在庫切れ(=作業ストップ・売上ゼロ)」の恐怖との戦いになる。「自社だけが要請を真面目に守って発注を控えた結果、他社に在庫を買い占められて自社は仕事ができなくなった」という正直者がバカを見る事態を現場は最も恐れる。この疑心暗鬼がある限り、自主的な自粛を徹底させるのは非常にハードルが高い。
③正しい情報伝達、顧客説明
カーオーナーからすれば「オイル交換ができない」という対応は大きな不満となり、顧客離れのリスクを招く。「国の要請で〜」と説明しても、顧客が「じゃあ、在庫がある隣の大型カー用品店に行くよ」となれば工場は機会損失を被るだけである。中東情勢や国の要請という大きな話を、目の前で顧客に説明して納得してもらうのは、フロントスタッフにとってはストレスと労力を伴う。事実上、業界構造の商流のしわ寄せを現場の接客担当者が被っているにすぎない。
資源エネルギー庁の要請は、パニックを抑えるための対処療法としては機能するかもしれないが、実務レベルでは現場の柔軟な対応力と、自己犠牲に依存していると言える。これを現場の努力だけで100%遵守するのは、現実的ではない。一部の業者による買い占めもシンナー、塗料と同様にエンジンオイルの供給に影響を与えていることも事実だろう。要請自体の必要性を否定はしないが、構造的な供給形態、商流についてメスを入れることも同時並行に取り組んでいただきたいのが現場の本音だろう。実際のところ、貴社の現場あるいは周辺の同業者では、部品商からの供給制限はすでにどの程度シビアに実施されている状況だろうか。