自動車整備事業者が知るべき「サイバーセキュリティー対策」のポイント

  • #OBD車検
  • #サイバーセキュリティー対策
ライター写真
長谷川 明憲
自動車整備事業者が知るべき「サイバーセキュリティー対策」のポイント

OBD(車載式故障診断装置)車検の本格運用や車検証の電子化、さらには車両のコンピュータ化(コネクテッドカー)の普及により、自動車整備業界における「デジタルツールの活用」は事業継続の必須条件となった。

一方で、それに伴い急増しているのが整備工場を狙ったランサムウェア(身代金要求型ウイルス)などのサイバー攻撃である。

本記事では、「自社には盗まれて困る情報などない」という危険な誤認識を改め、自動車整備事業者が顧客や元請け(ディーラー、大手販売店等)からの信用を失わず、自社の経営を守り抜くための具体的なセキュリティー対策のポイントを解説する。

独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が毎年発表する「情報セキュリティ10大脅威」において、近年常に上位を占めているのが「サプライチェーンの弱点を悪用した攻撃」である。

自動車業界においては、強固なセキュリティー網を持つ自動車メーカーや大手ディーラーを直接狙うのではなく、セキュリティー対策が手薄な「地域の取引先(部品商や下請けの整備工場)」のシステムをまず乗っ取り、そこを踏み台にして本命のネットワークへ侵入する手口が常態化している。
「自社のセキュリティーの甘さが原因で、元請けディーラーのシステムをダウンさせてしまった」という事態になれば、損害賠償問題に発展するだけでなく、今後の取引停止は免れない。もはやサイバーセキュリティーは「ITの課題」ではなく、下請け作業を受託するための「取引条件(コンプライアンス)」となっているのが実態である。

自動車業界全体で「自工会/部工会サイバーセキュリティガイドライン」などの遵守が求められる中、元請け企業やフリート契約を結ぶ法人顧客は、委託先の情報管理体制に厳しい目を向けている。以下のようなずさんな管理は、重大なインシデントを引き起こす要因となる。

  • 2025年10月にサポートが終了した「Windows 10」のパソコンを、インターネットに接続したまま使い続けている。
  • 顧客管理システム(DMS)や部品発注システムの「ID・パスワード」を、工場内のホワイトボードに書き出し、全従業員で使い回している。
  • 車に接続する「スキャンツール(外部診断機)」と同じWi-Fiネットワークを、来店客用のフリーWi-Fiとしても提供している。

これらは、情報漏洩やウイルス感染の「入り口」を自ら開け放っている状態であり、早急な是正が必要である。

経営者は「システム担当者任せ(あるいはリース会社任せ)」にするのではなく、自社の資産と信用を守るために以下の3つの行動を実践すべきである。

  1. IT資産の棚卸しと「ネットワークの分離」
    まずは工場内にあるすべてのパソコン、タブレット、スキャンツールのOSが最新(Windows 11など)にアップデートされているか、サポート切れの端末が放置されていないかを確認する。
    さらに、業務用のネットワーク(顧客データやスキャンツールを扱う回線)と、従業員の私的利用や来店客用のネットワーク(Wi-Fi)は、ルーターの設定等で必ず「分離」させることが鉄則である。
  2. 「多要素認証」の導入とパスワード管理の徹底
    部品発注システムや電子車検証の閲覧アプリ、顧客管理クラウドなど、重要なシステムにログインする際は、ID・パスワードに加えて、スマートフォンへのSMS認証などを組み合わせる「多要素認証(MFA)」を必ず設定する。
    また、退職した従業員のアカウントは即座に削除・無効化し、不正アクセスの余地をなくす仕組みを構築する。
  3. 従業員への教育と「不審なメール」の報告ルールの徹底
    セキュリティーの最大の穴は「人」である。車検の予約や見積もり依頼を装った巧妙な標的型メール(Emotetなど)による被害が後を絶たない。
    「差出人に心当たりがない、または少しでも不自然な添付ファイル(ZIPやWord等)は絶対に開かない」という基本ルールを朝礼などで繰り返し周知する。

どれほど対策を講じても、サイバー攻撃を100%防ぐことは難しい。だからこそ、「万が一、ウイルスに感染してしまった場合(画面がロックされた、身代金を要求された等)」の初動対応マニュアルを事前に作成しておくことが明暗を分ける。

「LANケーブルをすぐに抜く(Wi-Fiを切る)」「絶対に身代金を支払わず、警察や専門機関に相談する」「元請けや顧客に速やかに事実を報告する」という手順をポスター等で工場内に掲示し、被害の拡大(二次感染)を物理的に食い止める体制を整えておく必要がある。

次世代の自動車整備(特定整備やOBD車検)において、自動車とインターネットが接続される機会は今後さらに増加する。

サイバーセキュリティー対策への投資は、単なる出費ではなく「安心して仕事を任せられる整備工場」として元請けや顧客から選ばれ続けるための不可欠な防衛策である。業界のガイドラインを正しく理解し、自社のIT環境を定期的に見直すことで、持続可能で強靭な経営基盤を構築していくことが求められる。