M&Aの舞台裏 第6回 守りたかったものが、会社の価値になる

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MSRweb編集部
M&Aの舞台裏 第6回 守りたかったものが、会社の価値になる

車検と整備を軸に、近隣の複数の街から通う顧客の車を受けてきた指定整備工場があります。二十余年をかけて信頼を積み重ねてきた会社です。事業は堅調。それでも経営者は、会社を次の誰かへ託す決断をしました。

当社が仲介として支援したこのM&Aの裏側には、外からはうかがい知れない判断の背景がありました。

きっかけは、経営者の体調の変化でした。後継者はいません。「気力も体力もあるうちに、会社と従業員の行き先を決めておきたい」。事業が悪くなってからではなく、堅調な今のうちに動く。

追い込まれてからでは、相手も条件も選びにくくなります。余力のある段階で引退の形を定め、逆算して備えたからこそ、慌てずに相手を選ぶ時間を持てました。

信頼の上に成り立った、早めの開示M&Aでは通常、従業員への開示は成約後まで控えるのが本来の進め方です。話が固まる前に伝われば動揺や誤解を招きかねず、まとまる話もまとまらなくなるためです。事前に伝えるとしても、ごく一部の中心メンバーに限られるのが一般的でしょう。

早い段階から従業員に打ち明けて進めるケースがないわけではありません。ただそれは、日ごろの信頼関係があって初めて選べる進め方です。

今回の経営者は、「従業員の雇用を守ること」を譲渡の条件に据えると決めていました。守るべき相手に隠したまま進めるのは筋が通らない。長年ともに歩んできた従業員への信頼が、早めの開示という選択を支えていました。

早期開示にリスクがないわけではありません。それでもていねいに想いを共有したことで、譲渡に必要な書類の準備では、経理担当をはじめ従業員の協力を得ることができました。従業員とともに会社を残す、そう決めた経営者だからこそ選べた道であり、迎え入れる側にとっても、これ以上ない安心材料となりました。

経営者が重視したのは対価ではありませんでした。挙げたのは、「地域に根ざした事業の想いを理解してくれること」、そして「創業以来の従業員の雇用を続けてくれること」。国産・輸入車を問わず対応してきた整備士たちの居場所を残す。それが譲れない一線でした。

最も高い金額を示した相手ではなく、最も想いの通じる相手を選ぶ、長く続いた事業ほど、対価以外の条件が判断を左右します。

経営者が守り抜いたものは、そのまま譲り受ける側の価値になります。指定工場の認証、腕利きの整備士、長く通う顧客、高速インター至近で複数商圏をカバーする立地、広い敷地と設備。いずれも一から築くには長い年月を要する財産です。

新しい地域への進出、整備能力の増強、人材の確保、そうした課題を抱える会社にとって、この一社との縁は解決の糸口になり得ます。地域と従業員を大切にしてきた積み重ねが、そのまま「一緒になりたい」と思わせる魅力に変わるのです。

何を守りたいかを早くに定めておくこと。それが、納得のいく相手と出会う近道になります。

(筆者プロフィール)
長谷川章義 株式会社フォーバル
信販会社の新規立ち上げに携わった後、独立して国内外に法人を2社設立。約9年間にわたり、経営者としてEC事業、医療事業、自動車事業などを展開。現在はフォーバルの事業承継支援部で、中堅・中小企業の次の一手をサポートしている。

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