今回は、業績不振に陥った運送会社が再生型M&Aによって事業を引き継いだ事例をお届けします。業種は異なりますが、人手不足や後継者不在という課題、そして「再生型M&A」という選択肢の活かし方は、整備・鈑金塗装業の皆さまの現場にも通ずるところがあるはずです。
相手が見つからない1年
その会社は、長年にわたり地域の物流を支えてきました。しかし近年は業績不振が続き、負債が資産を上回る状態に陥っていました。後継者は不在。社長自身が日々の運行に追われ、自社の数字を正確に把握できていない、中小企業では決して珍しくない姿です。
通常のM&Aであれば、この時点で候補は限られます。数十社へ打診を重ねても、財務内容を理由に話が前に進まない局面が続きました。譲渡企業が動き始めてから成立に至るまで、要した時間は1年以上。相手が見つかる保証のない中で、関係者は粘り強く交渉を重ねました。
現場が抱える、見えにくい課題
背景には、構造的な課題がありました。慢性的な人手不足、特定の担い手に業務が偏る属人化、価格交渉力の弱さ、そして燃料費をはじめとするコストの上昇。採算を見直す余力もないまま日々の業務をこなすことで精一杯、その積み重ねが、いつしか赤字を常態化させていきます。
運送業に限らず、人材不足や業務の属人化といった同様の課題を抱える中小企業は少なくありません。整備・鈑金塗装業においても、技術者の高齢化や有資格者の確保に頭を悩ませる経営者は多いでしょう。
それでも価値を見いだす相手
ところが、財務指標とは別の角度から価値を見いだす譲受企業が現れました。再生型M&Aの本質はここにあります。稼働している現場の担い手は、採用コストをかけずに確保できる即戦力です。拠点や設備もゼロからそろえれば多大な時間と資金を要します。
人手不足が深刻な業種では、「動き続けている現場」そのものが、貸借対照表には表れない価値を持つのです。整備・鈑金塗装業であれば、熟練の技術者、設備、認証・指定工場の資格、取引先との信頼基盤、いずれも数字には表れにくい、しかし譲受側が強く求める価値といえるでしょう。同じ会社でも、誰の目に映るかによって、その価値はまったく違って見えるのです。
社長が最後に守ったもの
譲渡に当たり、社長が最優先したのは対価の最大化ではなく、「この従業員たちの雇用を、できる限り継続させたい」。それが交渉の軸でした。自らの資産を差し出してでも、長年ともに働いてきた仲間を路頭に迷わせたくない、その思いは、条件交渉の細部にまで一貫していました。
1年を超える交渉の末に厳しい案件が成立したのは、この覚悟が譲受企業に伝わったからです。経営者としての責任を最後まで果たそうとした姿勢が、相手の心を動かしたのです。
それでも、残す道はある
もし、もう少し早く動いていれば、業績がここまで傾く前に、通常のM&Aという選択肢も残せていたかもしれません。だからこそ、先行きに不安を感じた段階で早めに考え始めることが、取りえる選択肢を広げます。早期に動くことで、条件面での余裕も生まれます。
一方で、たとえ厳しい状況に陥ってからでも、再生型という形で事業を別の形で残す道は残されています。数字の上では行き詰まったように見える会社にも、その現場を必要とする相手は、どこかにいるのかもしれません。まずは一歩踏み出し、相談してみることが、未来を開く第一歩となるでしょう。
(筆者プロフィール)
長谷川章義 株式会社フォーバル
信販会社の新規立ち上げに携わった後、独立して国内外に法人を2社設立。約9年間にわたり、経営者としてEC事業、医療事業、自動車事業などを展開。現在はフォーバルの事業承継支援部で、中堅・中小企業の次の一手をサポートしている。