専門学校を卒業した二級整備士の川上裕貴氏が、メカニックの次に選んだ道は「カーラッピング施工」。家族を養うためのキャリアチェンジから始まり、技能競技でも華々しい実績を残すなど、新たな道を選んだからこその成果を掴み続けた。
そして2025年4月、10年間在籍し技術のイロハを学んだラッピングの名店を離れ、自身が統括するショップ「Above(アヴァーヴ)」をオープン。元整備士施工者・川上氏は、「さらに上(=Above)」を目指す新たな挑戦へと踏み出している。
■ 施工者・ショップ概要
施工者: 川上裕貴 ファクトリーマネージャー
施工キャリア: 2015年〜
ショップ名: Above(アヴァーヴ)
住所: 神奈川県座間市ひばりが丘5-18-34
創業/従業員: 2025年/2人
広い顧客層・少数高単価で安定収益を生むこだわりのフィルム施工
Aboveの現在のメインサービスは、カーラッピングやペイントプロテクションフィルム(PPF)といったボディへのフィルム施工だ。
業界内では、主に塩化ビニル(PVC)製の色付きフィルムでカラーチェンジを楽しむ「カーラッピング」と、透明なポリウレタン(TPU)製フィルムで飛び石などからボディを保護する「PPF」に大別される。近年ではTPU製のカラーフィルムやフロントガラス用プロテクションフィルム(WPF)なども普及しており、サービスの幅は年々広がりを見せている。
顧客層も非常に幅広く、モータースポーツ競技車両のデザインラッピングから、バスなど商業車のフリートマーキング、そして個人車両のカスタムやボディ保護まで多岐にわたる。納期がタイトな競技車両、大型車両が多い商業フリート、細部の仕上がり品質や納車後のフォローが重要となる個人車両など、一言にフィルム施工といっても、フィルムの種類や対象車両、顧客によって求められる品質や技術は異なる。
Aboveでは、こうした幅広いフィルム施工のニーズを一手に引き受けている。普通車6台分に加え、大型バスも入庫できる作業空間を備え、フィルムの品質を保つための空調も完備。整備や鈑金塗装などに比べて設備投資を抑えられるフィルム施工業ながら、充実した作業環境を整えている。



高単価・高品質な施工サービス
昨今のフィルム施工業の特徴として、施工単価が高額な点も挙げられる。同社でボディ全体をフル施工する場合、100万円を超えることも決して珍しくない。
■ 同社参考価格
ラッピングフル施工(Mサイズ):70万円〜
PPFフル施工(ホンダ・シビック):120万円
PPFフル施工(メルセデスベンツ・Gクラス):約180万円
月間の平均施工台数は約7台。ボディ全体にフィルムを貼るフル施工を軸に、スケジュールの合間でパーツ単体や部分的な施工など小規模な業務も手掛ける。時期によっては出張で競技車両への施工を行うこともある。
少数・高単価のサービスを軸に幅広い顧客層を抱え、創業間もないながらも安定した収益基盤を確立する同社。最近ではSNSを通じて「川上さんに貼ってもらいたい」という一般顧客からの依頼もさらに増えている。
その背景には、多様なニーズに応える確かな技術と設備がある。Aboveの運営を統括する川上氏は、整備士からキャリアチェンジしてわずか10年で、幅広い顧客から支持される技術と実績を着実に積み上げてきた。


家庭を築くための決断、整備士からのキャリアチェンジ
川上氏は元々、自動車メーカー系の整備専門学校を卒業後、チューニングを得意とする整備工場にメカニックとして入社した。スポーツカー好きということもあり、在籍した4年間は業務・人間関係ともに充実した日々を送っていた。当時の同僚とは今でも交流が続くほどの仲だという。
ただ、「最近は事情が変わってきたようだが、当時は生活が厳しく、将来に不安を覚えていた」と振り返る。結婚を控えた当時25歳の時にキャリアチェンジに踏み切った。安定した生活と給与を求める中、身内のつながりで紹介してもらったのがラッピング施工の有名店だった。「ラッピングのことは詳しく知らなかったが、業界先駆者の1人と対面し、魅力から給与面まで丁寧に説明してくれて、入社を即決した」。
新天地では文字通りゼロからのスタート。学校も研修もない職人の世界において、高級車やスーパーカーに触れ、カラフルなフィルムを貼る作業はまだ先の話で、まずは車両の清掃や作業場の片付け、部品脱着などの周辺業務に勤しんだ。社内の先輩や出入りする先輩同業者から時には叱咤されながら、ひたすら学ぶ日々。早く技術と仕事を覚えたい一心で、業務後には自主練にも励んだという。

世界の頂点まであと一歩! 業界を牽引する施工競技会での活躍
幼少期から手先が器用だったというが、彼の名が業界に轟くようになったのは入社から4年が経った2019年のこと。日本カーラッピング協会が運営する技能競技会での活躍がきっかけだった。
プロの施工者が集いフィルム施工の技能を競い合うこの大会で、2019年に初優勝。その後、2021年、22年、23年と脅威の4大会連続優勝(内3回は国際規格の大会)を果たす。さらに、23年と24年には日本地区の優勝者として世界大会にも挑み、見事3位入賞を果たした。
この圧倒的な実績により、国内トップクラスの巧者として認知されるようになった。競技が仕事へのモチベーションとなり、技量向上につながったことはもちろん、「打倒川上」を掲げる同業者や、その背中に憧れ追いかける若手も現れるなど、業界に大きな影響を与えている。
現在は選手としての出場を退いているが、「フィルムや技術が日々進化する世界で、常にスキルアップしていかなければならない。世界大会での優勝も果たしていないし、『やりきった』という感覚はない」と、その向上心は尽きることがない。


整備スキルも活きる「トータルカスタム提案」
名実ともに確かな技術を培った川上氏は、2024年に最初の職場である整備工場時代の同僚を通じ、フィルム施工事業の立ち上げを検討する出資者から、現職への打診が舞い込んだ。「業務内容にも待遇にも不満はなく、安泰な環境から飛び出る覚悟が必要だったが、ただ一度の人生なので『挑戦してみよう』と思った」。そう決断するまでには、1年ほど悩んだという。
現在Aboveでは、彼の持つリソースを最大限に活かした、個人客への「オーダーメイドなカスタム提案」も一つの強みになっている。車両形状や仕上がりイメージ、保管環境、予定保有年数など顧客のニーズを丁寧にヒアリングし、最適な素材とブランドのフィルムを提案。浮きや剥がれなど納車後のトラブルを防ぐため、豊富な経験に基づいた施工と接客の両面からアプローチを行う。
色の種類や艶の有無、パーツごとの貼り分けなど、デザインに悩む顧客に対しても、川上氏の経験に基づく提案が支持されることは少なくない。さらに、元整備士のスキルを活かし、電装関連、エアロパーツ、ホイール、車高調などのカスタムパーツ取り付けも外注と連携しながら一手に引き受ける。
「顧客はラッピングをしたいわけではなく、愛車をカッコよくしたいのが本音。フィルムだけ貼っても全体として物足りなくなるケースがある」と、自身もクルマ好きだからこそ提供できる顧客価値を示す。


華やかな世界を支える、真摯な「心構え」
昨今、スーパーカーやカスタム車だけでなく、軽自動車をはじめとする一般的な車両でも、「ルーフやボンネットに貼ってツートンにしたい」、「ヘッドライトやドアだけPPFを貼りたい」といった依頼が増えるなど、ボディフィルムの認知は確実に広がっている。高単価な施工費の背景には、慢性的な施工者不足も影響している。
整備専門学校でラッピング講義が取り入れられるなど、業界の可能性は広がっているものの、「ブームは過ぎた」という声も一部にはある。それでも川上氏は、「個性を出したいクルマ好きや新車の美観を守りたい人、レース業界など、需要がある限り応えていきたい」と前向きだ。
一方で、「特に若い子などと接すると、スーパーカーや素早いスキージング(フィルムを専用のヘラで貼り付ける動作)など、華やかなイメージを強く持っていると感じることもある。ただ、それはほんの表層部分で、下積みが肝要なのは他の仕事と同じ。何よりラッピング・PPF施工はチームで作業することが多く、まずは仕事への責任感や助け合う精神のほうが、手先の器用さなどよりよほど大切」と、華やかに見える世界だからこそ欠かせない心構えも明かしてくれた。