ボトムアップの人材育成が組織力を高める
全社員で挑む技術探求と人材育成で「変わらないための変化」を
車にまつわるあらゆる困りごとを解決する―それは、顧客が整備工場に求める普遍的な願いだ。しかし、進歩し続ける技術への対応が求められる現代において、言うは易く行うは難し。そんな中、170年以上神田に居を構え顧客に寄り添い続ける福井自動車は、人材教育を通じて “不易流行” を実践する。
【工場概要】代表取締役 :土田 千恵 住所 :東京都千代田区外神田 2-2-12 設立 :1949年(昭和24年)法人化 スタッフ:14人
神田に居を据えて170余年、技術力を育む企業文化を醸成
福井自動車の歴史は江戸末期まで遡る。元々は神田川のほとりで江戸の物流を支える大八車を製造する工房として始まった。
やがて文明開化の波とともに自転車の修理・販売を手がけるようになり、自動車社会の到来を見据えて自動車整備へと事業の軸足を移し、1949年(昭和24年)に法人化された。時代ごとの人々の「移動」を支え続ける使命感こそが、幾多の変遷を乗り越える原動力となってきた。
そして現在、同社は人材育成で大きな成果を上げている。自動車整備士の技術力向上を目的に全国で開催される「自動車技能競技大会」。その東京都内5ブロックのうち、品川ブロックから全国大会へ進出した入賞者は長い歴史の中で過去にわずか3人のみだが、そのうちの2人が同社のメカニックなのである。
この快挙は単なる偶然ではない。背景には、社員一人ひとりの「もっとうまくなりたい」という自主性を引き出し、組織全体で学びを深める独自の企業文化が存在する。
同社でエースメカニックとして活躍する与座春樹氏は2024年の東京都自動車技能競技大会で優勝し、後述の社員総出での勉強会を主催するなど、熱意にあふれる。同社のメカニックたちが技能競技大会という高い目標に挑む上で、精神的な支柱となっているのが工藤悟工場長の存在だ。
工藤氏自身、何度も挑戦を重ね、10年越しで全国大会への切符を手にした不屈の努力家だ。「決して部下に命令するのではなく、自らが誰よりも楽しそうに、そして真剣に取り組んでいる」と与座氏は工藤氏から大きな影響を受けたと話す。
技術探求に取り組む姿勢そのものが言葉以上に雄弁なメッセージとなり、自分も挑戦してみたいと同社のメカニックたちの心に火をつけている。
社員の熱意は会社の財産
土田千恵社長は大会への出場について、「業務命令ではなく、社員の意欲や自主性に任せている。しかし、いざ出場を決めたなら会社全体でサポートする」と話す。同氏はその熱意を「会社の財産」と捉え、全面的に支援する。
大会前のトレーニング期間には、選手が練習に専念できるよう、他の社員が業務をカバーした上で有給の特別休暇を付与する。
さらに、練習用の部品代や外部講習への参加費用も会社が負担。こうした手厚いサポート体制は、「自分のせいで現場に迷惑をかけている」という負い目を取り除き、心置きなく競技に集中できる環境を生み出す。
土田社長はコストをかけてでも大会への出場を支援する目的について、「技術も向上するが、それ以上に本人の成長、特に人間としての人格形成が一番大きい」と話す。
整備工場では、日々の業務に追われる中で人間関係が社内に限定され、知らず知らずに視野が狭まる「井の中の蛙」に陥りやすい。大会という真剣勝負の場を通じ、社外の優れた技術者や多様な価値観に触れ、一人の社会人として成長してほしいと願っている。
役員まで総動員の勉強会を開催
同社の人材育成への取り組みは、大会という特別な場だけでなく、日常業務の中でも独自の進化を遂げている。その核となっているのが、与座氏の発案で始まった月1回の社内勉強会だ。
これは経営陣からのトップダウンの指示ではなく、「顧客への説明が部署によってバラバラなのは問題ではないか」という現場の切実な課題意識から生まれた、完全なボトムアップの活動だ。
この勉強会の最も特筆すべき点は、メカニックだけでなく、営業、フロント、さらには経理や役員に至るまで、文字通り全社員が参加する点にある。
ある日のテーマは「異音の問診」。実際に顧客から相談があったという微かな異音を再現した車両を工場内に用意し、全部門の社員が一人ずつ運転席に座ってその音を聞き分ける訓練を行った。
営業やフロントスタッフは、この体験を通じて、どんな時に・どこから・どんな音がするのか、を顧客から具体的に聞き出す重要性を肌で学ぶ。
一方、メカニックは、より的確な問診をもとに診断作業に入れるため、原因究明の時間が大幅に短縮。フロントが受けた顧客からの相談内容が、より正確な言葉でメカニックへ伝わる。
修理後にはその内容を営業やフロントに分かりやすく説明することで、全員が自信を持って顧客に説明できるようになり、組織全体の作業品質を底上げしている。
変わらないために、変わり続ける
土田社長は、同社の経営の根幹にある信条として、松尾芭蕉の「不易流行」という言葉を挙げる。変わらない本質を守り続けるためには、むしろ積極的に時代に合わせて変化し続けなければならないという考えだ。
同社にとっての「不易」とは、創業以来変わらない「地域に根差し、自動車にまつわる顧客のあらゆる困りごとを解決する」という使命。そして競技大会への挑戦や部門横断的な勉強会といった取り組みが、その本質を守るための現代における「流行」の実践にほかならない。
社員一人ひとりの自主性と純粋な成長意欲を何よりも尊重し、組織全体で学び続ける。同社は創業から170年以上、常に変わり続けることで「顧客に寄り添う」という変わらない価値を守り抜いている。







