廃業は、一番静かな選択肢です。誰にも相談せず、自分の判断だけで進められてしまう。だからこそ、進んだ後では引き返せません。
段取りは、すでに終わっていた
中古車販売を営むある会社の社長は、店を閉めると決めていました。
体調を崩し、現場に立ち続ける体力に限界を感じていたこと。後継者にと考えていた従業員が、会社を離れてしまったこと。理由はいくつも重なっていました。借入れは自己資金で返済し、在庫を捌いて、看板を下ろす。そこまでの道筋を、社長はすでに描き終えていました。
ただし、M&Aは検討していませんでした。検討する以前に、自社には引き継いでいただけるような価値があると考えていなかったのです。
5年かけて、静かに細ったもの
数字が傾き始めたのは、5年ほど前からでした。
中古車販売は、仕入れがそのまま売り上げの上限になります。手元資金が細れば、仕入れられる車の数も質も落ちる。展示場に並ぶ台数が減れば、来店した顧客の目に留まるものが減る。次は来ていただけない。そうして流れた顧客は、近隣の同業に収まっていきました。
仕入れは、多くの場合その場での現金決済です。買い付けの機会は待ってくれません。良い車を並べられないから売れず、売れないから次の仕入れに回す資金が作れない。当事者にとっては、出口の見えない循環です。
一度回り始めたこの悪循環は、外から資金が入らない限り、内側の努力だけでは止めにくいものです。社長もそれを分かっていました。分かった上で、日々の資金繰りに追われていました。
決算書に載らないもの
この会社には、決算書に書かれていない資産がありました。国道沿いという立地です。交通量があり、看板が目に入り、思い立って立ち寄れる。車を扱う商売において、これに勝る条件はそう多くありません。
引き継ぐことになった会社は、複数の県で拠点を増やしている途上にあり、まさにこうした立地を探していました。土地を見つけ、店舗を構え、地域に知られるまでには年単位の時間がかかります。すでに営業している店をそのまま受け継げるのなら、その年月を買えることになります。
財務は良好とは言えない状態でした。それでも話がまとまったのは、相手が損益計算書だけを見ていなかったからです。
値札は、自分ではつけられない
店の看板は、今は別の名前に掛け替わっています。それでも国道沿いのその場所には、以前と変わらず車が並んでいます。廃業していれば、更地になっていたかもしれない場所です。
自社の値打ちは、自分では測れません。長く見慣れたものほど、当たり前になってしまうからです。廃業を選べば、立地も、店舗も、地域で積み上げてきた顧客との関係も、まとめて消えます。消してしまってからでは、誰にも渡せません。
財務が厳しいから。後継者がいないから。その理由で幕を下ろす前に、一度だけ手を止めていただきたいのです。ご自身が値打ちを感じていないものを、探し続けている相手がいるかもしれません。
(筆者プロフィール)
長谷川章義 株式会社フォーバル
信販会社の新規立ち上げに携わった後、独立して国内外に法人を2社設立。約9年間にわたり、経営者としてEC事業、医療事業、自動車事業などを展開。現在はフォーバルの事業承継支援部で、中堅・中小企業の次の一手をサポートしている。