「点検項目が多い=難しい」の罠
電子制御装置の故障では、修理手順のフローチャート(F/C)が長く分岐も多いため、「難しい」と錯覚しがちです。しかし、点検の数と故障の本質的な複雑さは一致しません。
本当に難しいのは、「なぜ今その点検をしているのか」が見えなくなる故障です。故障診断の複雑さは点検の数ではなく、整備士の理解レベルによって決まります(図1)。

迷子を防ぐために、情報の「2つの役割」を使い分ける
複雑な故障で行き詰まらないためには、提供される情報の「2つの役割」を正しく使い分ける必要があります(図2)。
●修理手順情報(道順):「どこを、どの順番で、どのように点検・修理するか」という具体的な手順
●構造解説情報(全体地図):車全体のシステム構成や、相互関係・データの流れを網羅した構造

修理手順だけを追う診断は、ルートを外れた瞬間に迷子になります。点検前に構造解説情報で全体像を把握しておけば、複数のDTCに振り回されにくくなります。
実際の現場では、DTCを確認して手順書を開き、そのまま点検に入るケースが少なくありません。
しかし、故障しているECUを疑って点検を進めた結果、実際には別のセンサーや共有信号が原因だったという例も多く見られます。手順が正しくても、構造を理解していなければ点検個所ばかり増えて遠回りになります。
最大のノウハウ:メーカーごとに異なる「地図のありか」
しかし、現場における最大の障壁は、「この全体地図(システム構成図)がどこに載っているかが、メーカーによって大きく異なる」という現実です。主要乗用車8社の実態をまとめたのが表1です。

ホンダやトヨタのように、故障診断の流れの中で地図へたどり着きやすいメーカーもあれば、マツダやダイハツのように構造解説資料を別に開く必要があるメーカーもあります。また、スズキは配線図しかない車種も多いため、その場合は配線図からシステム全体像を頭の中で組み立てる必要があります。
重要なのは資料名ではなく、地図へたどり着くことです。自社が向き合うメーカーの「地図のありか」を把握し、リフトに向かう前に修理手順情報と構造解説情報の両方を確認しておくこと(図2)。これこそが、電子制御整備で遠回りを減らし、最短ルートで原因へたどり着くための第一歩なのです。
複数ECU 連携の先へ――「頭脳」はどこに配置されるのか
では、なぜここまで「全体地図」が必要なのでしょうか。それは、前回の「複数ECU連携構造」が、配線を減らし通信の信頼性を高めるために「センサーとECU(頭脳)の一体化」というさらなる進化を遂げているからです。
特に現在のトレンドは、フロントガラスの内側にあるカメラの筐体内部に、頭脳(主制御ECU)を集約する形です。室内は熱・振動・水濡れの影響が少なく、通信の信頼性を確保しやすいからです。
構造の進化がもたらす「DTC 拡散」の罠
この進化の歴史(構造)を頭に入れておかないと、複数のDTCが発生した際に診断が迷路に入りやすくなります。
たとえば、車輪速センサーが1つ異常を起こしたとします(図3)。その信号を受け取ったABS ECUが原因に近いC系DTCを記録するだけでなく、車速情報をデジタル通信(CAN)で共有しているカメラ一体型ECUやEPS、メーターなど複数のECUにも通信異常のU系DTCが記録されます(図3)

実際の現場では、スキャンツールに10件以上のDTCが並ぶことも珍しくありません。しかし、そのすべてが故障個所を示しているわけではありません。1つの入力信号異常が複数ECUへ波及した結果として記録された「結果のDTC」が含まれているケースも多いのです。
「センサーが原因」という断片知識だけでは立ち尽くすことになります。大本の原因は1つなのに診断が迷路に入ってしまうのは、単純な経験不足だけではありません。
「どのECUが主原因で、どのECUが通信相手として引っ張られているのか」という構造の知識を持たずに手順書だけに頼ることで起きる必然の迷子なのです。
まとめ:情報(地図)を持ってリフトに向かう
現代の電子制御整備において、あてずっぽうに点検個所を増やすだけの経験則は通用しません。手順書だけでなく、”地図(構造解説)”を上手に活用して、自分の理解をより深いレベルへ引き上げること(図1、図2)。その第一歩は、リフトに向かう前に修理手順だけでなくシステム構成図にも目を通し、システム全体のつながりを把握する習慣を持つことです。
そして、この「整備士の理解レベル」という個人のものさしは、そのまま「工場がその修理を自社で受け入れるべきか、それとも外注すべきか」という、店舗全体の経営判断のものさし(難易度トリアージ)へとつながっていくのです。
次回予告
受け付けでの「修理難易度」の判断を誤ると、工場長がトラブルシュートでボトルネック化し、工場は大赤字を招きます。次回は「工場の命運を握る『修理難易度』の見極め――どんぶり勘定の受付がもたらす経営リスク」を解説します。
(筆者プロフィール)
佐野和昭
東北大学 工学部卒業後、トヨタ自動車へ入社。アフターサービス部門に配属され、品質管理からサービス企画・改善、部品のマーケティングまで幅広い分野を担当。その後、自研センターの取締役に就任。新しいアルミ修理技法などの修理技術開発を担当し、機械・工具メーカーなどと意見を交わした。現在は、車体整備をはじめとした整備関連業界において複数社の顧問を務めると同時に、セミナー講師やコンサルタントとしても活躍中。